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店舗情報

〒029-2205
岩手県陸前高田市
高田町字西和野78-1
info☆takatakappan.jp
☆を@に変えて下さい。

電話 0192-55-2694
FAX  0192-54-5173
Open 8:30 - 18:00
Close 土日・祝日
 

交通アクセス

■路線バス(岩手県交通)
和野会館前から徒歩5分
小黒山経由生出線
細浦経由高田線
陸前高田住田線

■鉄道(JR東日本)
大船渡線BRT

■最寄の施設店舗様
 (敬称略)
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・氷上神社
・柳下理容所
・ロータス高田自工
・コインランドリー
 ペリ乾ランド
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 つどいの丘商店街
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きりん様


陸前高田竹駒町在住の
写真家・デザイナー
佐藤様


陸前高田市横田町在住
のイラストレーター
カズト様
空とカズトの物語



文芸・文学同人誌
Web頌
 

澤さんがつづる「陸前高田の歴史」

澤正宗さん(twitter@Osiziga_ni)が、陸前高田の歴史についてつづります。
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2016/03/03

雛祭りと高田人形

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『まちかどギャラリーおおまち』ニュース(大町商店街・2011年2月25日号)
hina_chirashi_omote.pdf
hina_chirashi_ura.pdf

チラシにも記載されていますが、
旧家など、桃の節句には高田人形のお雛様を飾るところもありました。
子供の健やかな成長を願って高田人形を買い求める風習がかつてあり、
2月には市場で売られていたこともあったそうです。

高田人形は幕末のあたりから作られ始め、農家や左官業の方々が
農閑期などを利用して製作していました。
土を型に入れて作ったものであるため、衝撃などに弱く、昭和の中ごろには
焼き物製の人形にとってかわられ、廃れていくことに。

陸前高田市立博物館でもいくつかの高田人形を収蔵しておりましたが、
震災の折に水没してしまい、前述のとおり土製であるために、
多くの物が崩れてしまいました。
また、残ったものも、保護として巻いていた和紙が貼り付いてしまい
塗られていた塗料が剥がれ落ちてしまうことに。
(これらの人形のいくつかは、文化財復旧プロジェクトにて修復に成功したとのことです)

高田人形以外にも、多くの人形が街中のガラス越しに華やかに飾られる日が
一日でも早く来ますよう、祈念するところです。
00:00
2015/06/05

方言? 古語?

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今日もまあ、座りっぱなしの作業で身体の筋がこわばりますね。

さて、若い人はあまり使わない言い方けど、時折お歳を召された方などは
「けんぴぎはる」なんて言葉を。

気になっていろいろと検索してみると・・・、
けんぺき【痃癖/肩癖】
《「けんべき」とも》
首から肩にかけて筋肉がひきつって痛むこと。肩凝り。けんびき。
《肩凝りを治すところから》按摩 (あんま) の術。けんびき。

古めの言葉が方言として残っているのですね!
10:00
2015/05/07

"館"の地名

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高田にも「館/○館」という地名が各所に存在します。これは
https://kotobank.jp/word/%E9%A4%A8-93668 館【たて】
(1)東北地方で,周囲に堀や土塁を巡らした防御施設を持つ遺跡を呼ぶ。〈楯〉とも記す。〈城〉とほぼ同義語。
という由来があって、近くにそういった遺跡があったわけです。
米ヶ崎半島の根本、竹駒食道の裏、この辺りの地区名が「館」であり、城としての役目もあったことから高台になってますね。

矢作⇔竹駒を結ぶ橋も「まったで橋(廻館橋)」。矢作側に"廻館"という小さな館があり、橋のみにその由来が残ったようです。

さて、旧市役所庁舎があったのが「館の沖」。
"沖"っていうと、「元は海だったんじゃないのか!」と反応されがちですが
おき【沖/澳】
http://dictionary.goo.ne.jp/smp/leaf/jn2/30064/m0u/
1 海または湖などで、岸から遠く離れた所。「―に出る」
2 広々とした田畑や野原の遠い所。
これの2の意味で、"館(高田城)の沖(前の野原)"という意味ですね。(高田一中付近の"大石沖"も同様。大石に武日長者の屋敷跡があったため)
15:05
2015/05/07

幼き日の追憶

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今日は四半世紀ぶりに氷上山に登りました。小学校の遠足以来ですが、「ああこんな景色だったな」「あまり変わってないな」なんて思いながらの道中。


ただまあ、「あれえ、こんなにきつい道程だったかなあ・・・」という驚きが大きかったですかね(笑)。子供の頃は苦でもなく跳ね回ってたのに。


「高田には何もなくなった!」と言われがちですが、氷上山の自然など"ふるさとは今もかわらず" http://www.uta-net.com/movie/138388/な面も多いのだから、あまり悲観げに語るのもねえ、と思うわけです(個人的な意見ですが・・・)
13:00
2015/04/26

ちゃっぽり???

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前回の話から時間が開いてしまったけれど、続きの話をば。

靴に水が入った時とかの表現、Twitterのタイムラインで見てて、こういう表現もあるのかと興味を。

気仙地区では「ちゃっぽり」と言うのだそうだけれども、なんだか不思議ですな。
やっぱり「水に落ちた音」とか関係あるのかしらね?

ちょっと聞いてみると、”きゃっぽり”に近い発音みたいですが・・・。
(まあ、確かに東北方言では”き”と”ち”、”し”と”す”の発音が混同ますね。前回の「すすすんだ」もそれですし)

山浦玄嗣先生の「みんなのケセン語」http://www.jswork.jp/dg/jsDBdatasearch.aspx?no=0127によると「川入り(かわはいり)」が訛ったっぽい雰囲気。
で、鹿角方言だと「かっぱとり(河童取り)」ともいうようで。

確かに、昔話とかでも河童に川に引きずられるとかいう話はけっこうあるからねえ。
由来はどっちも考えられるけど、どっちも「なるほど!」と思わせるものだからね。。。

そうやって、考えを巡らせる、というのも楽しいのかもしれませんな。
(こういうオチでいいのか!?(笑))
09:53
2015/04/26

気仙隕石

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岩手県立博物館の気仙隕石の説明から抜粋。
《気仙隕石(けせんいんせき)は、1850年6月13日《嘉永(かえい)3年5月4日》の明け方に、現在の陸前高田市気仙町丑沢(うしざわ)にある長圓寺(ちょうえんじ)前の畑に落下した日本で最大の隕石です》
《気仙隕石は、落下が目撃され、落下地点、日時、状況などが記録されている点でも貴重です》





気仙隕石(国立科学博物館所蔵)

 



気仙町・長圓寺

由来の石碑が立ってますが、達筆すぎて読めません(笑)
石碑の前には池がありますが、たぶんこの池が落下地点なのでしょう。
(訪問日には気付きませんでしたが、後日「あっ!? 落下地点に水がたまったのか!」と)

再び、岩手県立博物館の説明文から。
《気仙隕石は、何かの凶兆(きょうちょう)ではないかと恐れられ、悪魔退散(あくまたいさん)を願い気仙町で虎舞(とらまい)が行われました。それが「二日市(ふつかいち)虎舞」の始まりと伝えられています》
二日市寅舞は未年/丑年に行なわれる月山神社の例大祭でも執り行われます。
(あ、今年だ!)
00:00
2015/03/07

遠い追憶・・・(気仙川渡河?)

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気仙川の川釣りの光景の写真を見てると、なんだか昔の思い出が蘇るんですね・・・。

小学生の時に、家族とその知り合いの人たちと気仙川の河川敷でバーベキュー大会を。
大人たちは盛り上がってるし、子供たちも川遊びに興じてるわけですね。

その内に、「なんだか気仙川を徒歩で横断できるような気がしてきた!」って、
渡河を始めちゃったわけですよ、私(笑)
(いやまあ、ニュースでよくあるパターンだけどね(笑))
(え?もちろん素面(しらふ)ですよ、小学生ですから(あくまでもここは強調!))

気持ちだけ大きくなって、「川口探検隊だ!」なんて気分でずんずん進んでいく、と・・・。
「お、この調子なら渡れるんじゃないか!」「いいぞ、いいぞ!」・・・、あっ!?

川底は苔でぬるぬるしてるし、
(そりゃまあ、鮎も良く育つわけだよ、と)
もちろんのことながら、昔は暴れ川と呼ばれた気仙川ですから、
”子供の太ももの丈(50~60cm)”もあれば、かなりの水流なわけで・・・。
あっけなく転ばされて、どんどん流されるわけですわな。

河川敷にいた大人たちも気付いて、「ほら!立ち上がれ!こっち来い!!」って言ってるけど
当然、立ち上がれるくらいなら立ち上がってるわけですからね。
もう諦めて「ああ、このまま広田湾まで流されるんだろうな」とか考えちゃうわけですな、
子供なりの想像の範囲で。

まあ、300メートルくらい流されて、付近の釣り客に「でっかい”小物”」は釣り上げられましたとさ、というオチ(笑)


と、笑い話で終わらずに一言。

津波とか水害の映像を見て、
「あれくらいの水量なら移動できるだろー!」とか「何やってんだよ!」とか
安易に語る人が結構いるけど、
『ある程度の水の流れにもまれると、移動の自由が利かなくなる』
ということは知っておくべきなんじゃないかな、と。
(否が応にも思い知らされた人の感想ですが・・・)
08:20
2015/03/06

道の駅”高田松原” その1

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震災を受けて、今は休業中だけれども、かつての話。

もともと、陸前高田の市街地には駐車場が少なく、また、高田松原入口の駐車場も
観光客の増加で手狭に。
(観光客も以前はJR大船渡線で来てたのが、自動車社会の進歩で車での訪問が増えた)
(また、海沿いで風光明媚ですから、キャンピングカーで来る方も居たわけですね)

「普通車:413台
、大型車: 30台」とかいう広大な駐車場の規模で、
まあ、平日はガラガラだったのは、夏の海水浴客のニーズに合わせて作ったため。
また、国道45号線を走る人の休憩場所(仮眠場所)の目的もありましたし。
(松原入口の駐車場はだいぶ前に有料になっちゃいましたからね)
(そりゃあ、無料のところにみんな集まるわけですよ(笑))


道の駅高田松原の説明はこちらを参照】

13:00
2015/03/06

懐かしの”玉山高原センター”

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今でこそ、竹駒町の「霊泉玉乃湯」が人気スポット(?w)になりましたが、
かつては旧館(施設の紹介の右上の建物)しかない、知る人ぞ知るひっそりとした場所でした。

玉乃湯から50メートルほど下った場所に、かつて「玉山高原センター」なる観光施設があったのです!
玉山高原園地展望台[スポット詳細]-じゃらん観光ガイド
http://www.jalan.net/kankou/030000/030800/spt_03210ad3350113781/  … http://

twitpic.com/8t7u7t   

トロン温泉(たぶん沸かし湯。でも、近くの金山から出た水ではある)あり、
エアーホッケーあり、パチンコ台/ピンボールあり。
子供からしたら夢のような場所でした!
(仮眠のできる休憩所もあった)

それに、玉山高原センターの釣り堀のニジマス、エサつけなくても釣れたものなぁw
(エサつけないでも、池の中で釣り針を動かしてると
何匹かは釣れるという初心者向け!(笑)) 
今となっては懐かしいかぎりです・・・。(今は更地)

あ、今、霊泉玉乃湯に置いてある「金売り吉次と俵牛」の像。
あれは昔は玉山高原センターの入り口にあったんですよ。
(玉山高原センター閉鎖後、どなたかが保存していたようで、数年前に再び設置された)

12:00
2015/03/05

「すすすんだ」って?

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先日、TL上で見かけた『青あざ(青たん)』のお話。
「くろぢよった」「すすすんだ」など、私個人としては初めて聞く言葉ばかり。
(後日、実家に聞いてみたら「ああ、最近は使わないけど、昔は言ってたなぁ」と。へぇ!)

やっぱり気になるので、ネットで検索してみることに。
 ・日本全国【青あざ】の言い方。「血が死んだ」にびっくり! - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2134655242731803201

ほうほう、「くろぢよった」はぶつけたところが青紫色(黒ずむ)になるので
『黒血寄った』ってことか。ふぅむ・・・。

もう一つの「すすすんだ」は検索の結果からすると「すす死んだ」なのだね。
で、「すす」とはなんぞや?、と。
”煤”?、それとも繰り返し言葉で”死す死んだ”???
(”寿司”ではないことは確かだけど(笑))

はい、そこで辞典の出番っと!
”すす”、”すし”、”しす”、”しし”・・・、ん?

「肉」http://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%82%89

発音

おや!? 普段使われる「にく」は音読みで、
訓読みは「しし」なんですね。
なるほど!
  1. 動物皮膚に覆われた包む柔らかい組織
ぶつけて黒ずむから、「肉が死んだ」→「しししんだ」という意味だったのだね!!
方言っていうと、かつては”時代遅れ”とか”都会と違う言葉”っていう見られ方してたけど、
比較的、旧来の日本語を残してたんだねぇ・・・。
なかなか興味深いことです。

そういうことで、次は「気仙語の語源」を考えてみたいと思います。

ついでに、
wiki「イノシシ」から抜粋
《イノシシは「イ(猪)のシシ(肉)」が語源であり、シシは大和言葉で「」を意味する》
12:00
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